最終学歴“高卒”に戻りました-わたしの小さな夢の話

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しの(@shino74_811)です。

10月の最終日には絶対にブログを書こうと決めた中旬があっという間に過ぎ、気がつけばハロウィン。

言葉に残しておきたい感情が褪せないうちに言葉に残します。

最終学歴が“高卒”に戻りました

さて、ひとつめ。

表題の通り、最終学歴“高卒”に戻りました。通っていた専門学校を10月末日で退学しました。

大学中退に続いて2度目の中退です。履歴書の“学歴”がめちゃめちゃ長いことが自慢になりました。(ぐちゃぐちゃです)

 

順当に生きていたら、わたしは大学4年生でした。20歳で1度目の中退。今月、22歳で2度目の中退を経験しました。

まさか人生で2回も中退を経験することになるとは思っていなかったので、本当に人生っておもしろい。

決断した本人は気楽なものです。

 

どうして中退を選んだのかというと、残り1年半ある学生生活の時間を文章を書くことに振り切りたかったからです。

学生であることや学ぶ環境って、必要なものだし有意義な時間です。

学びそのもの以外にも、その場所で巡り合った人はかけがえのないものだと思います。

大学に通っていた2年間と、専門学校に通っていた1年半で、わたしはこの先も一緒に制作活動をしたいと思える大切な仲間に出会えました。

 

でも、どうしても心の中にあった“ある”想いがわたしを長い間悩ませ続けていました。

それは、「どう生きたいの?」という自分自身への問いかけ。

 

なにかしら「表現すること」を仕事にできないかと思って選んだ多摩美術大学。

できなくてもいいから「表現の幅を広げたい」と思って選んだデザインの専門学校。

わたしの選ぶ道はすべて“表現”でつながっていて、バラバラに見えても根底には同じひとつの想いがあります。

どんな形であれ表現を仕事にしたい。

わたしの、曖昧でゆるやかで、でも長い間ブレを知らない想いです。

 

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小・中・高・大とふりかえってみると、わたしのそばにはいつも“表現”がありました。

絵を描く、音楽を奏でる、演技をする、踊る、そして言葉を書く。

いろいろな表現に触れたからこそわかる、言葉を軸に生きていたいという願い。

この想いがハッキリとした瞬間に、曖昧に学校に通い続けることは今のわたしのベストではないと感じたのです。

 

 

そして、これからですが、しばらくは学生時代と変わらずフリーランスを続けます。

もともと今年の春に届けを出して学生フリーランスとして活動していたので、「学生」だけがホロリと落ちました。

ただ、もともと芸術を学ぶことそのものは好きなので、大学に戻りたいという気持ちがフツフツと表れるかもしれません。もしくは、意地でも大卒の学位を取らなければいけないときがくるかもしれません。

そのときはまたゆっくりと考えて、こたえが出たらまた一歩ずつ歩き出します。

 

 

インタビューを経験して、言葉が好きだってまた気がついた

つぎに、ふたつめ。(もともとは、こっちを主に書きたかったのですが)

生まれて初めてインタビューを受けました。

Facebookで思いを綴ったらすごく長い文章になってしまったので、すこし分けてこっちでも残しておこうと思います。

今回、取材を提案してくださった園田さんは、もともとYOSCAでわたしの編集を担当してくださっていた方でした。

最初にお話をいただいたときは、正直「わたしに何が伝えられるだろう…?」と、ありがたいのと同時にすごく戸惑いが大きくて。

ライター歴はまだまだ1年、役所に申告系の届けを出してからなんてまだ半年。バズを生み出せるわけでもなければ、誰もが羨む文才があるわけでもありません。

「そんなわたしが未経験のライターさんに伝えられることって…?」

インタビュー前に頭を悩ませていたのですが、たどり着いた答えは「普通さをそのまま伝えよう」というものでした。

記事の中でもある通り、わたしがライターとして良いスタートダッシュを切ることができたのは“行動力”が大きな助けになってくれています。

でも、それだけ。
当時のわたしはあくまでも「文章を書くことが好きで、なんとなく興味がある」くらいの人でした。

ツイッターでたまたま拡散されて回ってきた、(当時)LIGのさえりさんの記事を読んでライターに興味を持ち、エモいカツセさんの文章に惹かれて綺麗なのっちさんの文章に心を打たれて透き通るようなしおたんさんの文章に憧れて…。

そんな、どこにでもいるような大学生でした。

ライターのほとんどは顔を出していないし、なんならクレジットすら入らない記事がたくさんあるのに、そんなことも知りません。

ある意味YouTuberのように、身近な芸能界っぽい幻想を抱いていたことも否定できないです。そのくらい淡くてぼんやりとした憧れでした。

それでもやってみたい。飛び込んでみたい。「今だ」というタイミングの音が鳴ったのが、わたしの中では去年のちょうど今頃。2016年の10月。

もちろん、まだまだポンコツなところもたくさんあって、よく怒られているし、不摂生がたたって体調崩すこともあるしで、自分のことながら呆れかえってしまうくらいなのですが。

「少しはマシになっただろうか?」と、毎日のように自問自答を繰り返しながらちょっとずつでも成長したい・多くの人に届いて欲しいと願い、記事を書いています。

 

あくまでも、未経験のライターの方に向けてわたしが伝えられることとして話しました。

想像以上に多くの方の元に届いたみたいで、すこしびっくりしています。読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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インタビューを受けることは、わたしの目標でもあり夢のひとつでもありました。

お話をいただいたときは、とにかくすごくすごく嬉しくて。細々とだったけれど、続けてきたことを見ていてくれた方がいたのだなって、そう思いました。

 

バズを生み出せるわけでもなければ、誰もが羨む文才があるわけでもありません。

(中略)

ツイッターでたまたま拡散されて回ってきた、(当時)LIGのさえりさんの記事を読んでライターに興味を持ち、エモいカツセさんの文章に惹かれて綺麗なのっちさんの文章に心を打たれて透き通るようなしおたんさんの文章に憧れて…。

そんな、どこにでもいるような大学生でした。

 

ここが、わたしの思いのすべてです。

イマドキの大学生っぽいきっかけでライターの世界に飛び込んで、たった1年間でも「こんなことってある?」みたいなハプニングに(頻繁に)出くわすようになりました。

踏み込めば踏み込んだ分だけ優秀な方に出会うので、実力の無さを実感します。

苦手だったデザインに必死で立ち向かうよりもずっとずっと、文章で自信をなくすのはつらいです。

 

でも。

それでも、書きたい。誰かのために書いていたい。文章を書くことで生きていたい。

インタビューという機会に恵まれたことで、心の中にあった想いをハッキリと言葉にして伝えてもらうことができました。

たくさんの夢や目標、まだまだ成し得ていないことはたくさんあります。

それらひとつひとつを拾い集めるように、まっすぐな気持ちでがんばります。