わたしが声を失ったのは、ずいぶん昔のあの日だった


いつだか、まんがの中でだいすきな主人公の女の子が「失声症」を患った描写を目にしたことがある。

その漫画を目にしたわたしは当時、主人公の彼女と同じ歳、たしか小学5年生くらいで、まだ“ストレス”なんてものは大して知らないときだった。

「そんな病気があるんだな〜。でも、これは愛の力で治るやつなんでしょう?」と、毒りんごを食べても生き還るプリンセスを思い描いては、所詮は非現実なフィクションの話と、自由奔放に捉えていた。

——自分が、声を失うまでは。
なんて、よくある小説の書き出しみたいな格好のつけ方をしてしまったけれど。

最近、「どうしてライターになったのか」を自分自身に問うているなかで、きっとわたしが経験した“声を失う”体験は、大切な瞬間なのだと思ったから。

本当は言葉にするのがまだ怖いのだけど、記憶が消えとんで恐怖を感じなくなる前に、言葉にしておこうと思ったのです。

さて。ここからは、そんなに明るくない話が続きますので、感傷に浸りたくなる夜の時間に読んでもらえるとうれしいです。

当時19歳。まだ文房具屋さんでアルバイトをしていた2015年。

大学をサボって、いつも通りアルバイト先に出勤して「いらっしゃいませ〜」と接客をしていたときのこと。なんだか、突然、のどのあたりに大きな空気のかたまりがいっぱい詰まったような違和感を覚えて。

直感で「これは結構やばいやつだ」と悟った。その数秒後、わたしは声を失った。

“声が出ない”のではなく、“声の出し方がわからない”感覚。身体は金縛りにあったかのように動かなくなるし、息すら吸えないし、で。なんとか絞り出した声にもならないような声で、職場の人に「少し休憩にいってくる」と伝えて、従業員休憩室に逃げ込んだ。

その当時、じつはすでに「ストレス性の社会不安障害」という名の語感の強い症状と一緒に過ごしていたわたし。睡眠薬なり、精神安定剤なりを毎日のように服用しながら、なんとか生き延びていた。

大学を休学して、意地でも「続ける」と言ったアルバイトは無理を言ってシフトに融通をきかせてもらって。

そんななかで突然訪れた「声が出なくなる」ハプニング。すぐさま従業員休憩室に逃げ込んで、泣きながら母にLINEを送信したことを今でも鮮明に覚えている。

大げさかもしれないけれど、本当に「人生終わったのかな」なんてことまで考えていた。声が出せなくなったら、この先どんなふうに生きていくんだろうって本気で考えていた。

結局、近くの精神科で数ヶ月のコンサルを受けて声は出るようになったし、眠れない日々や無意味に泣きながら暴れるなんてことも、いつの日かなくなったのだけど。

けれど、今でもふと考える。わたしは声を失ったとしたらどうやって人とコミュニケーションをとるのか。そもそも、どうやって仕事をするのかと。

ライターなんて声が出なくても務まる仕事なのかもしれない。ただ、わたしの仕事の多くは取材だし、だれかの話を聞けるインタビューは楽しくてたまらない仕事のひとつ。そのどれもができなくなったらと考えると、いまだに少し背筋が凍りつく。

でも、きっと声を失ったから、わたしは誰かの言葉をまた違う誰かに届ける「ライター」という仕事がこの上なくすきなのだと思う。当時はしんどかったけれど、悪いことばかりではないな、なんて。思ったり。思わなかったり。

文章を書くことはもちろんすきだ。そして、自分の文章ではなく、誰かと対話をして届けるインタビューや取材の仕事はもっとすきだ。

きっとその根源には、声を失ったから気がつく「言葉を発する」ことの大切さがあるのだと思うし、そんな当たり前のことに気がつける19歳の夏が訪れていてよかったとも思う。

そしてなにより、ライターとして誰かの言葉と読み手をつなぐハブのような存在にもしも自分がなれているのだとしたら、こんなにしあわせなことはないよねって改めて感じている。

話せること、笑いあえること、書けること、伝えること。どれもがだいすきで、どれもが大切だ。