就職は終わりでも始まりでもなく“手段のひとつ”であってほしい

finding employment

去年の末に、こんなブログを書いた。

 

わたしたち1995年生まれの世代は、高校を卒業してそのまま大学に入学すると2017年が就職活動の季節にあたる。

わたしの友人の多くも大学に進学をしてちょうど今就職活動を控えているようで、SNSを開いてみると「会社説明会」「インターン」「ES」「スーツ寒い」と言い始めている。大晦日までそんなこと一言も言っていなかったのに、みんな突然どうしたの?と、とても驚いたものだ。

 

 

「就職活動」に囚われるわたしたち

 

たしかに年が明けると毎週のように東京ビッグサイトでは就活イベントが開催されていて、わたしも友人の誘いで先日初めて足を運んだ。

就活生と企業の人事部らしき人々で会場はごった返していて、人混みが決して苦手ではないわたしですら珍しく人酔いをして会場を立ち去るくらいだった。

 

そして思った。

この中にいたら息苦しくて見えるはずのものまで見えなくなると。

 

就職活動を否定しようとは思っているわけではない。きっとわたしだって一度くらいはどこかの会社に就職をするのだろうし(それどころか魅力的な会社がたくさんありすぎる)、会社で働くというのも面白いものだろうと期待を膨らませている学生の一人だからだ。

でも、就職活動を行ったがためにいわゆる「就活鬱」になったり、「働くことの意味がわからない」とその後の生活に明るさがなくなってしまうのなら、無理に就職活動を考えすぎなくてもいいのでは?と思ってしまうのだ。

 

さらには、就職活動をきっかけに別れを決めたカップルがいることや、就職活動に専念するためにアルバイトを辞める人がいる話も耳にした。

素直にもったいないなぁと思う。選択なんて人それぞれで、誰かの人生を揶揄できるほどわたしは自分に自信があるわけではないけれど、「就職活動」というやたら語感の強い敵に尻込みしすぎてはいないだろうか?

 

 

できない理由を並べるのは寂しくなるだけ

 

けれど、そう実際に言葉に出すとわたしは多くの意見をもらう。

 

「そうは言っても、やりたいことがないのだから仕方ない」

「勉強も出来ないし、学歴がないのだから就職するにも会社は選んでいられない」

「やってみたいことはあっても、実力がないし、実力のつけ方もわからない」

 

果ては、「しのはいいよね。やりたいことがあって、それを叶えることのできる環境があってさ。」とまで言われる。

おいおいおいおいおいー!!!!!……つっこみが追いつかないよ、と。

 

確かにその言葉はすべてその通りで、わたしにはやりたいこともあるし、それを叶えるための場も学ぶための場もある。尊敬する人も周りには多すぎて、毎日が新しいことの発見だ。幸せ以外のなにものでもないのは百も承知している。

 

ただ、たとえそうだとしても、その環境がないことを理由にやりたいことをやらずに過ごすのって寂しくないのかなと思ってしまうのだ。たとえば今、やってみたいことがあるけれど「方法がわからない」「何からやったらいいかわからない」と思っているのなら、結構それは色々なところに答えがある。検索という方法だってあるし、人に聞く、本を読む、模索できることはたくさんあるはず。

 

わたしたちが思うよりずっとたくさんの人が色々な道を指し示してくれるのだから、焦らずにその答えを見つけていけばいいじゃない。環境は、自分で見つけて作っていくものなんだよ。

 

 

やりたいことは職業に限った話ではない

 

すると、今度はこんな相談をもらう(なぜだろうか、わたしは就活アドバイザーでもなんでもないのにこの類の質問や相談をよくもらう)。

 

「やりたいことが見つからないんだけれど、どうしたらいい?」

 

どうしたらいい?だなんてとても大きな枠の質問だけれど、おそらく相談の意図は「会社でどんな仕事をしたいのかわからないのだけれど、それってどうしたら見つかるの?(どうやってしのは見つけたの?)」みたいなことだと思っている。

 

そもそも就職をした経験のないわたしにその相談をするのは人選ミスな気もするけれど、「やりたいことってなんだろう?」という質問はすごく浮き足立っているように思える。

単純に考えてみれば、やったことのないことは「興味」になるし、やったことのあることは「経験」になっていて、そのどちらかから将来やることを決めるというのが判断をするということ。やったことのないことに関して言えば、やったことないのだから「わからない」が一番近い感覚になる。

 

わたしが、「あなたが今やりたいことって何ですか?」という質問を投げかけられたら「Webの編集者になることです」と答えるだろうけれど、それは職業の話をしているだけでやりたいこととは少しズレがある。

 

だからわたしは同じ問いをもう一度投げかける。

 

「あなたがやりたいことって何ですか?」

-「言葉や文章で誰かの生活をほんの少し幸せにすることです」

 

これが、夢見がちなわたしの純粋な感覚だ。

それを叶える方法はいくつもあるし、職業だって編集者やライターに限られた話ではない。とにかく文章にたくさん触れることのできる職業でありたい、そのくらいの感覚だ。

 

就職ということを考えていうと、紙の編集もあるけれど日常的に目にする文章という意味でWebの方がおもしろそう→そのためにはどんな会社があるのだろうか→Web編集者が正社員になれる道はあまり多くはないのだなぁ→でも経験したいからがんばってみるか!→まずたくさんの文章に触れて文章を書いて発信をしよう

 

そしてこうなった。自然な発想だと思っている。

好きで文章を書いていただけの頃からはほんの少し変わって、文章を書いてお金をもらうことができるようになった。好きなことが仕事といえることになったのだなぁと思うと、やっぱり嬉しい気持ちになる。

 

 

 

わたしの感覚なんてそんなもので、夢はたくさんあるし、やりたいことなんてまだまだ山ほどある。「就職」というものでそれを叶えることも可能かもしれないけれど、その叶え方はたくさんあるだろうし、どんな選び方でも自分らしければそれでいい。

 

就職活動は自分のなりたい姿ややりたいことを後押ししてくれるもの。

あまり堅苦しく考えず、がんじがらめにされず、ゆったりとした気持ちを心のどこかに持ったまま生きてみよう。そしたら、きっといいことがあるから。